トーマスメイソン

私はBristolの普通の家庭で育ち、デザイナーでもテーラーでもなく、小売業者で、その店主です。
いろいろな出来事が次から次へと起こり、その影響が交じり合い、出会いのチャンスや、ひとつの事が別の事に結びついたりしてHackettが出来上がった、と私は思います。
私は早熟な子供だったので、流行に興味を持たなかった時はありません。
私は7歳の時でも、何を自分が着るかに関心があり、その対象はいつも私の母が縫ったり、編んだりしてくれた洋服でした。
私の母は1950年代当時ではごく普通の厳格な人でした。
彼女はバーバリー(Burberry)のレインコートを売り、私の父は織物業界にいました。
学校では私は英語、歴史、それに演劇にしか興味を持たないかわいそうな生徒でした。
私の脳みそに欠けていたものを、流行の中で作り上げました。
私たちは白いシャツ、赤いネクタイ、そしてグレーのフラノのパンツを身に付けなければなりませんでした。
しかし私のシャツにはタプカラーが付き、ネクタイは細く編まれていて、パンツは先の方が細くなっており、そして黒く側面が延びるチェルシーブーツを私は履いていました。
私のクラスの少年は皆、私の真似をしました。