第2章 「この仕事だけは絶対にしたくない」

実は私は、子供の頃からこの家業が大嫌いでした。

友達が遊んでいるのを尻目に、値札付けやカバー掛けの手伝い。夏休みの良い思い出はほとんどなく、工場の埃が原因か、気管支喘息も患いました。「この仕事だけは絶対にしたくない」——それが正直な気持ちでした。

父は、絵に描いたような昭和の職人気質の社長でした。厳格なワンマン経営で、家庭でも仕事でも衝突が絶えず、私と父の確執は長く続くことになります。

高校卒業後、大学受験に失敗し浪人していた私は、父の「遊んでいるくらいなら家業を手伝え」という一言で、嫌々ながら工場に入りました。自信も目標もない、暗い日々でした。

私は「1を知って10を知る」器用なタイプではありません。むしろ逆で、全体の「10」を理解して初めて、本質の「1」にたどり着くタイプです。周囲の評価は決して高くないところからのスタートでしたが、仕事の全体像が見えてくるにつれ、いつの間にか周囲から頼られる存在になっていました。

入社から1年、19歳になる頃には、会社に欠かせない存在になっていました。取引先の商社からは「ベトナムの新工場の責任者として来ないか」と、破格の条件で誘われたほどです。それを断り、私はこの道を進むことになります。


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